春の雪と侮っていたら、本当に積もりそうです。二十四節気は啓蟄(けいちつ35)を迎えようという時に、大地の温もりを感じて地中から顔を出したカエルやヘビや小さな虫たちはどんなに驚くことでしょう。七十二候は、まさにそんな地中にいて春を待っていた小さな生命たちが地上に出て動き回り始めるころ、蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく35日~9日頃)、桃の蕾がほころび、花が咲き始めるころ、桃始笑(ももはじめてさく310日~14日頃)、若い青菜を食べて育った青虫がさなぎになり、その背を破り蝶々になる頃、菜虫化蝶(なむしちょうとなる)、と続きます。すべての生き物が目覚める、そんな候です。

春 アゲハ蝶

明るい陽射しを感じ、その空気に触れたくて、外に出て行きたくなるのは虫たちだけではありません。私たちもそう。心晴れ晴れと外出も気持ちの良い季節ですが、この頃感じるこの寒暖差は如何ともしがたく、さらに、年度末の忙しさを抱える人も多いはずでしょう。それらは外的、内的要因の蓄積は、身体と精神共に疲弊の原因となります。冬から春へと解毒の途上にいる身体は環境の変化に対応すべく自律神経の調整をしているので、心落ち着かせるような食事で心と体の均衡を保ちましょう。

桃の花と春の日差し

この季節のお勧め食材は、春キャベツ、新タマネギ、新ジャガイモ、など、春の力を蓄えている野菜、また、引き続き、ミツバやセリ、ワケギなどの菜物、そして、フキノトウやワラビなど春の山菜。ただ、新物には苦味や灰汁の成分などが多く含まれますので、食べすぎには注意です。果物では、最近種類も豊富なイチゴ、ハッサクやキンカンなどの柑橘類。そして、魚介類は、サヨリ、サワラ、シラウオ、タイ、など。

サヨリのホイル焼きなどお勧めです。新タマネギや新ジャガイモも一緒にホイルに包み、白ワインを少々振って、蒸し焼きに。色取りにミツバをたっぷり。味付けは白みそベースで春らしく、いかがでしょう?ぜひお試しを。

春の食材 サヨリ

啓蟄という言葉からは、本当にカエルや虫たちが、地面にある小さな蓋を下からポンと開けて、顔を出すような…、そんな映像が浮かびます。その、「ポンッ!」が春の始まりのよう。そう、その音で、ぱっと景色の焦点が合うような。そんな音がきっとあちらこちらでしているのでしょう。春の始まる音です。

春に地面から顔を出すカエル

ポンッ、でワクワクが始まる音楽が、フェリックス・メンデルスゾーン(18091847ドイツ)作曲、「交響曲第4<イタリア>イ長調」です。こちら、第1楽章の最初のピッチカートがその「蓋が開く音」、のような気がするのです。8分の6、アレグロビバーチェ(Allegro vivace)という、ときめきのテンポも重要でしょう。あ、春だ!、と感じるのです。

 

この曲は、メンデルスゾーンが21歳の頃、1830年秋~1831年春にかけて、イタリアに旅行した際に曲の着想を得て、作曲に取り掛かったことが自身の手紙からわかっています。なるほど、イタリアのキラキラした空気と少し乾燥した風、人のざわめき、そして、季節の変化が見えるようです。きっと、1楽章は春、2楽章は冬、3楽章は秋、4楽章は夏の終わりの嵐と秋かな…なんて、思いながら聴いています。その時によっても、聴こえ方は違うけれど、でも、1楽章は、きっと春の始まりとざわめきのような気がするのです。1833年、メンデルスゾーン24歳の時に完成したこの交響曲は、ロンドンにてメンデルスゾーン自身の指揮で初演され、好評を得ます。旅行で得たものを、印象派の絵のようにまとめあげたたこの曲は、「音の風景画家」と言われることもあるメンデルスゾーンらしく、北国の作曲家がイタリアに対する憧れを描いた曲の一つと言えます。

イタリアの街並み

この曲の最初の一音、イタリアの春の始まり、ピッチカート(pizzicato)、これが難しい。

ピッチカートとは弦楽器の弦を弓で弾くのではなく、指ではじく奏法です。バイオリンの弦が張ってあり、音程を作り出す左手で持っている部分を指板(しばん)と言います。音程はもちろんですが、音を作る指の圧力、しかも4音の和音ですので、低い弦を同時に2弦おさえて、その指が開放の高い2弦に触れないようくぐらせるようにして指板に指を立てます。右手は弓を持ちながら、右手の人差し指の爪ではなく腹の爪寄りを指板上の弦の上を引っ張るでもなく、はじくでもなく、滑らせて、音を奏でます。その指を滑らせる速度は速い曲とゆっくりの曲では変わります。ピッチカートにもただの「ポン」だけでなく、曲によっていろいろな音があるのです。

バイオリン

その始まりの一音で、なんというか、この曲の新鮮さがわかるような音が出せたら嬉しいのです。その右手の角度や左手指の押さえ方や、爪の伸び加減や指先の荒れ方など、もう何通りもの音の組み合わせがあるでしょう。ボヨンやカサッ、ドヨン、パサ…、ほとんどうまくゆかないの。

会心の一撃。指揮者の打点と一緒に、ポンッ、と春の戸が開くとき、イタリアの春の風が吹くような…、気がするような。ピッチカートの不思議です。

 

最初のほんの数秒です。目をつぶって聴いてみてください。春色が聴こえます。

 

今日も眠りにつくとき、目覚めるとき、素敵な音が聴こえますように。みなさま、ぐっすりお休みください。

 

染谷雅子

ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子

ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com

作品名:「フュージンググラス ミモザの帯留め」