季節は二十四節気の雨水(うすい2月19日)へと移り、雪は雨に代わり、土は潤い始め、草木が芽吹き始める時期とされていますが、今年は雪が多いようで、降雪地帯の方は大変な思いをされているのでしょう。日本海側の地域では「春の七雪」という言葉があり、立春を過ぎても、七回は雪を見てやっと春になる、という意味だそうです。なるほど、雪国の人の雪との付き合い方が良くわかるような言葉です。3月に入り、春の気配の中に降る雪は「なごり雪」、他にも、雪のつく言葉は美しい響きのあるものが多くあります。細雪、淡雪、ぼたん雪、根雪、など、その情景が良く見えるような、自然に寄り添う思いが言葉を紡ぐのでしょう。
この季節は春の訪れを感じて、体も気持ちも少し油断気味になり、冷えを近づけてしまうことがあります。これからの活動時期に備えて、まだまだ身体を温めることを習慣づけましょう。この季節に大活躍が腹巻です。少し軽めの春の装いなどするときにはぜひ、お腹周りに潜ませてください。お腹を冷やさないことで、体温を下げないようにすれば冷えを遠ざけることができます。また、暖かいスープなどで、中から温めるのも良い方法です。お勧め食材は春キャベツ。柔らかくしっとりと、でも、キュッとしまった小ぶりの春キャベツは、「待ってました!」の春の便りです。ただ塩味だけでも良いし、醤油相手でも、味噌や、牛乳を使ったスープでも、なんでも包み込んでしまう春のお助け食材。ほかにもホウレンソウなどの青い野菜は春にぴったりです。春の訪れに油断せず、まだまだしっかり、外から中から、春の気持ちも一緒に身体を温めてあげましょう。季節の移ろいに伴う、日々の小さな変化を見つけることは、あわただしい現在の私たちの生活の中では少し難しいかもしれません。でも、暦(こよみ)に助けてもらい、豊かな言葉の中に読めることと、身の回りの変化が一致すると、思いのほか簡単に季節の変わり目を感じることができそうです。今回はそんな暦に思いを馳せます。
ずっと追いかけている、二十四節気と七十二候、これらは元々東洋哲学の「人間は自然の気を受けて生きているので、季節の働きに合わせた生活を守ることが大切である」という思想が元となっています。その思想から季節による養生法が紹介され、それらが中国より伝わりました。3世紀ごろまでは、気象や動植物の変化から作られた自然暦を使っていた日本ですが、それ以降、様々な暦を併用し、「宣命暦(せんみょうれき)」という暦が江戸時代前期まで使われ、その後、月の暦と太陽の暦を合わせた、太陽太陰暦の「天保暦(てんぽうれき)」が明治初期まで使われ、暦が太陽暦となっても「旧暦」として一般に用いられました。古代中国で作られた二十四節気は、冬至から冬至を24分割するというもので、それらの暦の日付と季節感のずれを調整するために併用されました。さらに七十二候は、二十四節気をさらに、初候、次候、末候と三等分してほぼ5日ごとの動植物を含む自然の変化を日常生活の目安にしたものです。こちらも、やはり紀元前中国で発生したものですが、日本人の生活に合わせて、江戸時代後期に作成されました。
たとえば、二十四節気は雨水の今、七十二候は初候が土脉潤起(雨が降り、土が潤いだす)、次候は霞始靆(霞がたなびき始める)、末候は草木萌動(草木が芽生え始める)、となります。常用漢字ではない字が現れたり、読み方が難しい場合もありますが、漢字を見ているだけでも、なんとなくその季節の動きがわかるような気がして、この春の候わくわくしませんか?紀元前中国の人が感じていたこと、江戸時代の市井の人々の感じていたこと、そして、私が春の訪れに感じる胸躍る気持ちは、皆同じということにびっくりします。
今の私たちの生活環境と太古の環境、時間が流れ江戸時代、または、土地が違う中国の人が見た季節の変化が重なる驚きの不思議。この続く歴史の中で、人々は天気や空気、草木や動物達の変化を目に留め、それらを目安に日々の暮らしを整え、そして、それを続ける私たち。暦を見ていると、昔の人が自然を崇め、恐れ、愛でる、という、私たちが思う気持ちと同じものを持っていたのだ、と、そんな不思議なつながりに気持ちを動かされるのです。そして、生活環境は激変し、昔の暦に何もかも当てはめて暮らしてゆくことは不可能ですが、少なくとも、今の自分は、そんな自然の一部でもあり続け、暦に助けられながらでも、自然の変化に気づけるようでいたいと思うのです。そう、暦は面白いのです。
と、今日もそんな、いにしえの景色に妄想を膨らませながら初春の夜を過ごしています。こんなことを考えていると、今夜は面白そうな夢が見られるかしら? 皆様もこの春の宵、ぐっすりとお休みください。
参考文献:村上百代著 二十四節気に合わせ心と体を美しく整える ダイヤモンド社
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品名:「お雛様」