寒かったこの冬も、さすがに引き下がる時を知ったのか、やっと我が家のレンギョウは黄色い花を咲かせました。すでに春分(しゅんぶん3月21日)も過ぎ、昼の時間は少しずつ長くなり、活動的になる頃です。七十二候は、雀始巣(すずめはじめてすくう3月21日~25日頃)、桜始開(さくらはじめてひらく3月26日~30日頃)、雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす3月31日~4月4日頃)、と続きます。春の季語の一つに「雀の子」がありますが、雀はせっせと巣を作り、サクラは咲き、遠く春雷が聞こえる、そんな、春の景色となります。
季節の変わり目は大気が安定せず、寒暖差も激しいため、体は対応しようと交感神経が優位になり、体力を消耗するので、疲れやすくなります。また、同時に年度の変わり目で、生活環境の変化で自律神経は乱れやすくなります。この状態が続くと、体に負担がかかり、体調不良につながります。なにもしない時間を作るようにしたり、入浴時にしっかり湯船につかるなど、ゆったりと過ごす時間を作り、疲れをため込まないようにしましょう。
旬のお勧めの食材は、まず、ひじきです。ひじきの旬は3月から5月ごろで、鉄やカルシウムなどのミネラルやカルシウムが豊富で、「ひじきを食べると長生きをする」と、昔から言われています。また、鰯の稚魚、しらすも春が旬です。禁漁時期が終わるこの頃、生しらすも美味しいですが、水揚げしてすぐに茹でられる釜揚げしらすや、それを干した、ちりめんじゃこなど、味や食感も様々です。洋食和食といろいろな調理方法で、手軽に日々の食事に取り入れやすく、こちらもカルシウムやビタミンBが豊富なので、常備したい旬の食材です。そして、これらふたつの食材で、じゃこひじき煮を作って、ご飯のお供や、卵焼きに入れるなどするのもお勧めです。ミネラルたっぷり、春の海から恵みの常備菜です。
春の海から目を転じれば、春の山。遠目に観る山々は、うっすらと緑がかかり、ぽつりぽつりと桃色や黄色でモザイクのように彩られ、わくわくと山にも春が始まるようです。この季節の山を表す「山笑う(やまわらう)」という言葉があります。春に使われる俳句の季語ですが、季節が動き、芽吹きと開花を迎え、春の日が当たり、山は喜び笑うように見える、という、なんともあたたかい言葉です。夏は「山滴る(やましたたる)」、秋は「山装う(やまよそおう)」、そして冬は「山眠る(やまねむる)」。山の多いこの国のなんと豊かな言葉たちでしょう。
東京で生まれ、関東平野ど真ん中の千葉北西部で生活をする私にとって、山のない生活は普通でした。国内を旅すると、その土地ごとに地域の人々が誇る山があることが不思議な、というか、山のある生活というものが想像できませんでした。もちろん、この地域も天気の良い日には遠く、富士山は見えますし、北の方には筑波山が見えることもあります。でも、山に護られて生活する、という感じではありません。アメリカ在住時も北西部の、山のない、展望台からは360度地平線を見られる、広々と平らな土地でした。いよいよ、その体験ができたのはメキシコ在住時でした。東側にはシエラマドレ山脈を望む土地で、街の象徴ともなっている、山頂が鞍のような形になっている特徴的な山、Cerro de la Silla(セロ・デ・ラ・シジャ)が座する、Monterrey(モンテレイ)に住み、さらに、私たちの住まいは南側、Chipinque(チピンケ)山の麓でした。朝陽に染まる山、沈む夕陽、春はハカランダの花が咲き、夏は緑に燃え、秋から冬は静かに星空にその山形を切り取るように、日々表情を変える山の景色に、海外生活の疲れが癒されました。ちょうど事務仕事をする部屋の窓からきれいにみえるその山は、山に護られながら、時を知り、季節を感じる目安として、生活に欠かせない存在であることを知ったのです。
また、初めての土地での移動の目印としてもとても大事な山でした。車移動がほとんどでしたので、「あの山を目指せば、家に帰れる」という気持ちは、自力で遠出をしても安心のお守りでした。最も、雨模様で霧が山頂付近を隠し、山が見えなくなった時には、途方に暮れたこともありましたが。地形や地層が複雑なこの国で、こんなに平らな場所はきっと少ないでしょう。そこで生まれ育った私の山への憧れは、今はメキシコの良い思い出でとなり、思い浮かぶ景色とともに心に留められているのです。
そして、今夜も、山に抱かれるように、春の憂いは寝床にあずけて、今夜もぐっすりお休みください。
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品写真は「さくらのナイトアロマランプ」