時には雪が降り、それが冷たい雨に変わって、そうかと思うと、春風を感じるほどの柔らかな日差しの日もあり、こうやって、春は育ってゆくのだな、と思うこの頃です。二十四節気は雨水(うすい2月19日)を迎えています。七十二候は、土脉潤起(つちのしょううるおいおこる2月19~23日)、となり、霞始靆(かすみはじめてたなびく2月24日~28日)、草木萌動(そうもくめばえいずる3月1日~5日)と続きます。雪は雨にかわり、凍っていた大地は徐々に潤い始め、そこから立ち上る水蒸気は大気中に霞として漂い始めます。その緩んだ地中からは草の芽が出始め、木々の芽はほころび始める、という、まだ寒いと思っても、春を前に助走が始まっている自然の様子を知らせる候となります。
草木が芽吹き始めるこの季節、聞こえてくるのは花粉の飛散と花粉症。平均約15%、都市部では20%を超える有病率と言われる、季節性鼻炎の花粉症ですが、その発生は、鼻腔内に粘着した花粉から体内に抗体が作られ、その後再びアレルゲンが侵入するとアレルギー誘発物質が放出され、鼻水やくしゃみ等のアレルギー反応が引き起こされるのです。遺伝的にアレルギー体質であることが一つの原因ではありますが、食生活も大きな要因の一つになります。これは同じ土地に住む家族の中でも、高齢者には有病率が低いという調査結果があり、現在の食生活と比べて、合成的な経口物が少なかった昔からの食生活に抗アレルギーの要素がある可能性があるからです。また、自律神経を乱す、睡眠不足や不規則な生活、ストレスなども発症原因の一つと言われています。花粉症の症状を感じたら、早めの対策をしましょう。インスタント食品をなるべく避け、季節の食材を楽しむ食事を取り入れ、適度な運動、そして、睡眠時間をしっかりとることで、抵抗力のある身体づくりを目指しましょう。
春の声を聴きつつも、まだまだ、風向きは冷たい北風、雨が降ったり、雪が降ったり、お買い物が億劫になる日もありますよね。そんな時に活躍するのが保存食。初夏から夏、収穫期の秋にいろいろ作り置きをした保存食達が大活躍です。夏の葉野菜やキノコなどがたくさんある時には、陽の力を借りてしっかり乾燥させたものをきっちりと空気を抜いて冷蔵保存。梅仕事の味噌やピクルス、すぐに使えるようにカットしたものを冷凍した根菜など。これらを美味しい塩や、やはり作り置きしてある調味料で調理すれば、組み合わせは無限大。
保存食はある意味、食の歴史です。いにしえから人々は食材を大切にしつつ、安定した食材確保や、季節を問わず豊富な食材を得るために様々な方法を使って食材の長期保存に工夫をしています。その方法として様々なものがありますが、主なものは、乾燥、燻製、漬け込む、煮込む、この4種類です。乾燥は太古より今に続く木の実や豆類、高野豆腐など、燻製はベーコンやハム、鰹節など、漬け込むものは塩を使った漬物や梅干し、塩辛など、そして、煮込むものは柚餅子(ゆべし)やジャムなどがあります。中には、鰹節のように茹でて燻製してから干すもの、いぶりがっこのように漬けてから燻製するなどの、様々な保存方法を組み合わせて作られるものもあります。地域の特性やさまざまな歴史を持つ保存食はとても魅力的です。
メキシコ在住時に感動したのは干し肉です。アメリカのビーフジャーキーとはちがい、濃い味がついていないもので、野菜と一緒に炒めて、タコスの具にしたりします。これが、和食の食材としても優秀で、まさか、醤油で味付けされる運命が待っているとは思わなかったと思いますが、牛丼などにしてよく使いました。他にも、スモークサーモンや、バカラオと言われる干しタラや、日本の身欠きにしんに似た干しニシン、ドライフルーツなど、世界中に様々な保存食があります。
父の実家は長野県松本の梓川沿いの冬には雪が多い場所です。まだ、祖母が存命の頃、時々地元の食材が詰まった箱が送られてきました。その中に入っていた、氷餅(こおりもち)は搗き立ての餅を寒に晒して乾燥させたもので、カリカリに乾いた白い塊にお砂糖をのせて、熱いお湯をかけると、ふんわりお米の香りがして、とろとろの甘いお餅のおやつでした。冬の午後の景色を思い出します。
そして、そこには、大事なお米を大切に長く楽しむ、冬を乗り切る保存食の知恵があります。旬の食材を無駄にせず、様々な方法で保存して、収穫のない時期にも調理の工夫で豊かな食生活を過ごすという、先人の経験が時と共に閉じ込められていて、その「時」が解放されるとき、美味しさと共に包み込まれた思い出もほどき解かれて、楽しむことができるのです。味噌や醤油、梅干しなど身近な日本の保存食を存分に使って、冬の豊かな食卓を囲みながら、抵抗力のある身体をつくるという、一石二鳥の食生活をお楽しみください。
去年作った梅味噌おにぎりを明日の朝ごはんに、と考えながら、そろそろ眠りにつこうとおもいます。
皆様、今夜もぐっすりお休みください。
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品名:「アメジスト色の春はじめ」