今年は雨の多い皐月で、梅雨入りも早くなりそうです。とはいえ、気持ちの良いきれいな五月晴れの青い空に目を細める日もありましたね。

二十四節気は芒種(ぼうしゅ6月6日)を迎えます。芒(のぎ)とは小麦や稲など、実った穂にあるチクチクした針のようなもののことを指し、現在はもっと早くなっていますが、種を蒔く頃とされています。七十二候は、螳螂生(かまきりしょうず6月6日~10日頃)、腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる6月11日~15日頃)、そして、梅子黄(うめのみきばむ6月16日~20日頃)、と続きます。うす黄色のふんわりした卵嚢(らんのう)からは小さなカマキリがぞろぞろと外界へ産まれ出て、夕刻には幻想的に蛍が舞い、梅は実り色づき始める、そんな、活力あふれる夏の候となります。

梅

いよいよ梅雨入り、なんとなく鬱陶しく、発散というよりは家にこもってしまいがちです。活動量が減ると、体内水分の停滞をまねき、むくみや体重増加を招くことになります。家にいても、身体を動かすことを心がけましょう。ストレッチは簡単にできる対処法です。朝起きた時、寝る前、などと、時間を決めて、簡単なストレッチを取り入れると、生活行動の切り替えにもなります。朝のストレッチは軽く筋力を使うような、運動量が少し高いストレッチ、夜のストレッチは血液の流れを整えるような、筋肉を無理せずに伸ばすような、ゆったりとしたストレッチ、など、いろいろなストレッチ方法を取り入れて、体調に合った組み合わせを研究してみてください。水の巡りを滞らせない、ということをお忘れなく。

ストレッチ

水の流れにホタル、は日本の初夏の風物詩と言えます。ホタルの光は不思議に誘われる光。光る理由は外的刺激や居場所の告知などいろいろありますが、求愛行動としての発光もあります。体内の酵素の働きにより、発光エネルギーが生まれるとのことですが、小さな体であの魅惑の光を生み出す力はすごいものです。

ホタル

ホタルはヒトの大先輩。なんと、約1億年前の白亜紀に出現したことが、これまでの分子系統解析の研究でわかっています。日本では、奈良時代の日本書紀(720年頃)に、「蛍」の文字が登場しています。日本人にとって身近な存在であり、幻想的な光を放つホタルは、日本の文化に強い影響を与え続けているのです。

特に、印象的なもののひとつに、「源氏物語」の第二十五帖「螢巻」。雨の頃の話、源氏は六条院にやってきた兵部卿宮の前で几帳の内に蛍を放ち、その光で玉鬘(たまかずら)の姿を浮かび上がらせて見せた、というお話。映像が見えるような美しさです。

中国南宋時代の官吏、孫康(そんこう)の故事には「夏は螢の光で、冬は雪明りで勉強する」という意味の文があり、苦学することの喩えとしても使われます。ご存じ、「蛍の光」の歌詞として、日本人の心に残る歌の一つです。

古文

もう、随分前のことですが、叔父の招待で親戚一同、湯河原への温泉旅行へ行きました。美味しい料理とゆったり温泉を楽しみ、久しぶりに集まった叔父叔母の話に付き合い、ほっと一息ついたころ、叔父が「いいもの見せてあげるよ」と言い、皆で浴衣のまま出かけました。外は初夏の夜の匂いがして、夜空は少し薄青く、星がたくさん見えました。「みんな静かに…」の声に、息をひそめ、まだその水面に月を映すほど、若い稲苗が整然と並ぶ田圃の道中、ふと足元から目を上げると、まさに息をのむ情景が現れたのです。

夜の田んぼ

目が慣れるのに少し時間がかかり、初夏の藍色の夜の空間に幻想的というには軽すぎるほどの、異世界のような光の粒の瞬きがあったのです。その見たことのない美しい光の演出がホタルの光だと認識できると、また一つ、自然の偉大さを尊く思い、感動したことを覚えています。ホタルたちはまるで会話をしているように、一定のリズムで点滅を繰り返し、同期したり、少しずつずれたり、揺らぎの心地よい誘いのように感じ、夜の自然界に時間を忘れ立ち尽くしていました。

それ以来、あんな素晴らしいホタルの夜を見たことはありませんが、この時期、夜の散歩道で、スーッと通り過ぎる光のすじを見ると、あの時の情景が思い出されます。

ホタルの光

着物の反物で、まるでホタルが光っているかのように、ふんわりと丸いぼかしがある小紋を蛍ぼかしと言います。染の技法のひとつで、特に夏の柄というわけではありませんが、この季節、蛍ぼかしの単衣(ひとえ)仕立ては季節感を取り入れたおしゃれな装いとして、あこがれるものです。

いつか欲しいな、蛍ぼかしの夏着物…、と、将来、手に入った時の帯や半襟の組み合わせを思い描きながら、今夜もそろそろ眠りにつきたいと思います。

着物

皆様、今夜もぐっすりお休みください。

 

染谷雅子

 

 

ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com

作品名:「帯留め」

ガラスの帯留め