やっと一息、酷暑を乗り越え秋の気配を確かに感じるこの頃となりました。二十四節気は寒露(かんろ10月8日)を迎えました。湿度が下がり、空気は澄み渡り、大きく吸い込むと喉の奥に感じるわずかな寒さ。そして、草木には冷たい露が輝く頃です。七十二候は、鴻雁来(こうがんきたる10月8日~12日)、菊花開(きくのはなひらく10月13日~18日)、蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり10月19日~23日)と続きます。雁(ガン)などの渡り鳥は冬を過ごすために隊列を作り、長い旅をしてこの地に戻り、秋の花ともいえる香り高い菊の花が咲き、戸口ではそっと秋の虫の声、と、涼やかな空気の中、風情のある自然界の秋景色の候となります。
長引く暑さのあと、動きやすくなった空気に誘われて、外出も楽しい季節です。大気は夏に比べて乾燥してくるので、呼吸により肺に影響を受け、気づかぬうちに身体の水が奪われますので、適度な水分の摂取を心がけましょう。ただ、摂取のし過ぎや冷たい物は、むくみの原因になるなど、逆効果になりますのでご注意を。また、季節の変化による環境ストレスは自律神経の不均衡を招き、消化器への影響を及ぼし、それによる腸の不調で熱量がうまく作れず、体力や気力が出なくなってしまいます。腸内環境を整える、善玉菌の働きを活性させる食物繊維などを食事に取り入れ、毎日快調に過ごせるようにしましょう。
寝苦しかった夏の夜は、いつのまにか暑さで目が覚めることもなく、ぐっすりと眠れる夜となり、素麺続きの夏の食事も、気づけば秋の味覚の一汁三菜へと…。季節の移ろいはこんな風に日々の暮らし、人を作り上げることに昔々から直接深く繋がっています。記録続きの今年の酷暑では、そんなことをつくづく感じます。
私たちが体に取り入れる自然の恵みは、気候環境にも大きく左右され、さらには社会環境にも揺さぶられ、少しずつ変化しています。でも、どんなに食の環境が変わったとしても、この豊かな秋の収穫期には自然と感謝の気持ちが溢れます。
たわわに実るリンゴやナシの樹々や宝石が煌めくようなブドウ棚、キラキラ光る網いっぱいの秋刀魚の収穫、そして、黄金色に波打つ稲穂の景色など、まずは目に飛び込む秋の幸せ。秋のその景色を思い浮かべながら、次は実際に目の前に並ぶ秋の宝物を一つ一つ噛みしめながら、味わって、物語を想像します。
箸の使い方が下手な子供でした。食いしん坊の私はあわてて箸を握って、平行に動かせず、お箸の真ん中がバッテンになってしまう変な使い方のまま、中学生頃まで過ごしてしまいました。折に触れ、母には厳しく注意されていましたが、その瞬間は直せてもいつの間にか元に戻っていました。高校生の頃、お弁当の時間に箸がうまく使えないからフォークを使ってお弁当箱を操っている同級生を見て、これはいかん!と、一大決心で箸の使い方をきちんと直しました。
箸使いにもいろいろな禁忌があり、刺し箸(料理に箸を突き刺す)、渡し箸(器の上に箸を置く)、寄せ箸(箸で器を引き寄せる)、ねぶり箸(箸先をなめる)など、言葉も豊かな昔からの行儀です。箸行儀を正しくいただきたいのは主食のお米。稲作は私たちの主食としての米を、土作りから約一年をかけて育み収穫し、私たちの食膳に上がるものです。どんなに最新の技術を使い、努力を重ね、品種改良をしたとしても、天候次第で凶作になることもあります。まして、時代が古ければ、技術的に困難なことも多かったはずで、自然がもたらす多くの罠に稲作民は苦悩したはずです。それゆえに、彼らは米作りに細かい節目を作り、その度に神に祈り、収穫に感謝して過ごしてきたのでしょう。
食することでしか生命を維持することができない私たち。その行為「食べる」は、「賜(たまわ)る」からきた言葉です。先人たちは、天から与えられた貴重な賜わり物を食べられることに感謝し、その神の世界と自分の命をつなぐ食事をする道具を道具以上のものと扱い、賜わり物を口へ運ぶ「橋渡し」をするものを「箸」と名付けたのです。さらに、西洋の行儀と違い、日本の箸は料理の手前に置かれます。これにも意味があり、箸の向こう側は、神の賜り物、聖域であるということで、箸は単に食べ物を口に運ぶだけの道具ではなく、それと同時に「結界」を意味するでもあるのです。
現代社会でこの地で生きて、なんでも食べたいものは簡単に手に入り、食に困ることは一般的にはない私たちの生活です。でも、その昔、市井の人々が毎日、毎食、きちんと食べられる、ということが普通ではなかった時が長くあったはずです。いにしえの人々が大事にしていた、無事な収穫への心からの感謝の気持ちは、薄らいでいるかもしれません。でも、そんな私たちに、箸の使い方や食事の作法は、生かされているということを今一度考え直す機会を与えてくれているのです。実りの秋の感謝の気持ちは、きれいな箸使いで、賜りものとしての恵みの膳をきちんといただくことで表現したいものです。
いただいた美味しい新米を焚いて、明日の感謝の食事を楽しみに、今夜は眠りにつきたいと思います。
皆様も、ぐっすりお休みください。
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品名:「箸置き豆皿」