いつもなら、「春とは名のみの寒い毎日ですが…」などという書き出しになる頃ですが、東京近郊はすでに春一番が吹き、なんとも暖かい春の始まりとなりました。2月19日には二十四節気、雨水(うすい)を迎えています。七十二候は、土脉潤起(つちのしょううるおいおこる2月19日~23日)、霞始靆(かすみはじめてたなびく2月24日~28日)、草木萌動(そうもくめばえいずる2月29日~3月4日)と続きます。春の雨が降ります。暖かい雨は雪や氷を解かし、凍っていた大地は少しずつ潤いを帯びてゆき、気温の上昇と共に大気中に水蒸気が立ち上り、靄(もや)がかかったようにぼんやりとして、緩んだ大地からは新しい草の芽が出て、木の芽はゆっくりとほころぶ頃。大地と大気、それをつなぐ植物たちの春の息吹を感じる候となります。 植物が芽吹く季節となれば、スギ花粉の飛散が最も多くなる時期でもあります。花粉症の症状がある方は早めの対策を取りましょう。物理的に花粉を遮断することはもちろんですが、免疫力を高めるためには、基本のこと、きちんと寝てきちんと食べることです。そしてそれらをさらに効果的に体内で機能させるよう、呼吸に注意を払いましょう。深呼吸をすることを心がけます。酸素を充分に体内に取り込められるよう、深い呼吸をするためには、まずしっかり吐ききることです。朝起きた時、昼食後、休憩時間などに、自分の身体に意識を向けた、呼吸の時間を作ってみてください。呼吸を通して、免疫力を高めると同時に、体を包む生命活力のバリアを作り、アレルギー反応から身体を守る、という「気」の考え方です。
なんとなくぼんやりとして、はっきりと景色が見えないような、青空でお日さまは出ているのに、曇りのような、そんな春の大気。これが、春の霞(かすみ)たなびく景色です。「霧(きり)」や「靄(もや)」のような気象用語とは違い、「霞」は学術的に定義されたものではなく、文学的表現として使われるもので、気象用語ではありません。霧や靄は空気中の水蒸気がほこりや塵を芯にして、細かい水滴となり視界が悪くなる気象状態で、その見える範囲により、霧や靄と分類されます。一方、霞とは、霧や靄、黄砂などの影響により、遠くの景色がかすんで見えることを言います。特に春に多く使われ、春霞(はるがすみ)と表現されます。秋の霧のように冷え冷えとした感じと違い、ふんわりとした温かみや、枯れ葉や土の湿った匂いではなく、花の香りや草の匂いを感じる言葉です。そして、この霞、昼の視界の状態を指すもので、夜になって、霞で月がかすむことは朧月(おぼろづき)と言います。なんて細やかな、日本語の力。 すでにこの春、関東南部では、ウメは咲きそろったようで、あちらこちらで気持ちを奪う梅の香りに出会います。きっと、サクラの開花も早くなることでしょう。山のサクラが咲き切った様子を「霞がかかったような」と表現することがありますが、なんとも美しい言い表し方だと思います。皆様ご存じの「さくらさくら」、唱歌として、日本国内のみならず、国際的にも古典的な日本を表現する歌です。この歌は日本古謡として紹介されることもありますが、もともとは江戸時代後期に、子供用の琴の練習曲用に作られたもので、明治時代に唱歌として広く知られるようになり、教科書に載るのは昭和になってから、と、わりに新しい歌なのです。この曲はプッチーニのオペラ「蝶々夫人」にも登場しますが、そのシーンがくると、日本人魂に触れるのか、つい涙してしまいます。 さくらさくら、弥生の空は見渡す限り、霞か雲か匂いぞいずる
いざやいざや見に行かん
サクラが群生して満開の様子を、「霞か雲か」という、感覚は本当に納得の表現です。ところが、最近、この歌詞の古語が難解であるということから、歌詞が変わって教科書に載っているそうです。
さくらさくら、野山も里も、見渡す限り、霞か雲か、朝陽に匂う、
さくらさくら、花盛り
最近は新しい歌詞を一番、古い歌詞を二番として載せている教科書もあるそうですが、「匂いぞいずる」や「いざや見に行かん」と言った古語が開かれていて、これでは「霞か雲か」の匂いや色彩が損なわれてしまうようで…、少し悲しい思いです。 春満開となるこれから、春の空気、春の匂い、春の色彩、春の音、春の手触り、もちろん、春の味、と、五感を総動員させて、春をお楽しみください。
花そろう春、我が家には鉢植えのサクラソウを迎えました。
今年はどんな桜景色を見せてくれるのか、地球上でどんなことが起きても、春はやって来て、サクラは咲きます。いざや見に行かん。
そんな春霞の桜景色を楽しみにそろそろ眠りにつこうと思います。
皆様、今夜もぐっすりお休みください。
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品名:「ステンドグラス マーガレットの鏡」