ここに至り、寒波の再襲来で冷たい風に思わずコートの襟もとをおさえてしまう日もありますが、大気のうすぼんやりとした色や、ふいに鼻をくすぐる花の香り、食品売り場に並ぶ山菜、鳥たちのさえずり、それらが春の訪れを教えてくれます。二十四節気は春が一つ進みます。
雪が雨にかわり大地に新たな巡りを促す意味の、雨水(うすい2月18日)を迎えます。七十二候は、雪が積もっていた地にも温かい雨が降り注ぎ、大地は徐々に潤い始めるさま、土脉潤起(つちのしょううるおいおこる2月18日~22日頃)、温度が上がり、水蒸気が大気中に満ち、霞がたなびくようす、霞始靆(かすみはじめてたなびく2月23日~27日頃)、草木の芽がほころび始めるさま、草木萌動(そうもくめばえいずる2月28日~3月4日頃)と続きます。
恵みの雨が凍てついた大地を解かし、寒風で乾燥した大気を潤し、土に根を張る植物たちの息吹の蘇りを表す候となります。
この時期、スギ花粉の飛散が最盛となる頃です。スギの立場となれば、生命を繋ぐ大事な時、今年の飛散量は、多かったと言われる昨年を上回る予報が出ています。花粉症の症状をお持ちの方は早くから対策を始めてください。医師への受診、投薬はもちろん有効ですが、症状が出てしまってからでは、充分に効果が期待できない場合もあるそうです。服薬以外にも、睡眠時間の確保、食生活の見直し、花粉を寄せ付けない工夫、など準備できることはありそうです。旬の地ものの食材で、抵抗力をつけ自律神経を整えることも大切です。
この季節の食材は、ナノハナ、タカナ、シュンギクなどの菜物、ハッサク、ポンカンなどの柑橘果物、卵も今が旬です。特におすすめは、小松菜。値段も安定していて、茹でてお浸し、みそ汁の具、炒め物、どんな調理法でも美味しくいただけます。生のシャキッとした水分量と、菜の香りも食欲をそそります。ゴマやピーナッツ、クルミなどの和え物は、もう一品の色添えに最適です。ぜひ、お試しを。
とても乾燥している、冬終わりの空気は、ピーンと張っていて肌に鋭く、さらに、風向きが変わった強い風と共に舞い上がった塵や土埃が容赦なく打ち付けてきます。そんな時、その猛りを諫めるかのように降る雨は、優しく慈悲深く感じます。
春の雨、冷たいのに温かく、時に強く降っても、春待つ身には優しく感じる、そんな気がするのです。
「雨の歌」という愛称で知られている、ヨハネス・ブラームスの「バイオリンソナタ第1番(ト長調)作品78」。このソナタは1878年から1879年、ブラームスが45~46歳にかけて作曲され、親友であり永遠の憧れであったクララ・シューマンとバイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムに捧げられています。
このソナタは三つの楽章で構成されており、1楽章は、躍動感あふれるテンポで、美しい旋律と豊かな和声の調和、第2楽章は、深い感情を表現した緩やかな楽章で、静かな中にも内なる情熱が感じられ、第3楽章は、明るく溌剌と、かつ思慮深い旋律が語るような終曲で、繊細な表現と力強さが共存しています。
ソナタと言っても、バイオリンとピアノの両方が対等に会話するような作品で、ブラームスの作曲技法の高さと音楽的な感性が存分に発揮されています。時を超え、バイオリン弾きみんなの憧れ、まさにブラームスの室内楽作品の中でも特に人気の高い一曲です。
私は特に、1楽章の第2主題が大好きです。柔らかく触れられて、話しかけてくれるような、しかも何の答えも求められていない、そんな、許された気持ちになるのです。
後の人が名付けた「雨の歌」の愛称は、第3楽章にブラームスが若い頃に作った歌曲「雨の歌」からの旋律が引用されていることに由来しています。ブラームスと同郷の北ドイツ出身のクラウス・グロートの詩に基づいた「雨の歌」の歌詞の一部は、雨を乞い、大地は雨に打たれ、裸足で草の雨粒を感じた幸せを思い出し、その自然の不思議に包まれながら雨音に耳を澄ませた子供の頃を想う、という内容で、雨が降る中で過去の思い出や感情があふれる様子を描いています。
まさに、春の雨の恩恵。子供の頃、春の訪れを待ちきれず、雨が降っていても平気で、水たまりに飛び込んでみたり、雨粒を捉えようとしたり…、そんな、心がもっと軽かった頃のことや、春の雨の中で出会ったこと、出会った人、また、見送った人のことや、別れた人のことを思い出し…、そして、来る春を想います。春の雨は心にも潤いを与えてくれます。
憧れのバイオリンソナタ、いつか弾いてみたいなぁなんて、楽譜だけは大事に持っていて、時々こっそり弾いてみますが、…まだまだ、だね。
明日も寒そう。春雨の訪れをまち、寝る前にもう一度聴いてみましょうか「雨の歌」。
潤いを求めて、いかがですか?ぜひ、聴いてみてください。
眠りにつくとき、目覚めるとき、素敵な音が聴こえますように。ぐっすりお休みください。
染谷雅子
ガラス作家・アロマセラピスト 染谷雅子
ギャラリーはなぶさ https://www.hanabusanipponya.com
作品名:「フュージンググラス 指輪」